日々これ戦いの人へ。
2004年10月22日 エッセイ毎日が勝負、
それでほぼ苦しい戦いを強いられている人へ。
これは、僕の知恵袋です。
まずひとつ。
百戦百勝、しかして毎日が安泰、のキモ。
自分より強い、自分より歯が立たないと思ったものとは、
絶対戦わないこと!
万が一戦い、または勝負を強いられる場合は、
必ず自分より上、もしくは責任者の、
助力応援を頼み、許可を得ること。
そのための報告連絡相談を辞さないこと。
これがすべてといってよいです。
つまり、負け戦には絶対手を出さない。
負ける前に必ず応援助力を頼む。許可なしには動かない。
さすれば百戦百勝が得られます。
二つめ。自分で努めて戦う場合。
まず、戦う彼我の相手の、体力、弱点を、
情報をもとにすべて洗い出します。
特に弱い部分について重要なデータをpick upします。
この相手についての情報が、すべての勝利の鍵となります。
そこで、できる限りの弱点をカバーする対策を立て、
不敗の陣形、体勢を築きます。
この牙城に、ちょっとでも蟻の巣穴のような隙間が開いたら、
もろくも砂の城のように、簡単に崩れると心すべきです。
不敗、負けなしの陣形を作り、備えること。
後は、万全を期し、戦いを待ちます。
時間にゆとりを持ち、疲れを十分に取ります。
備えあれば憂いなし、です。
後は、すわ戦いです。
水を堰切ったように、跳びかかります。
とはいっても、軽率は禁物。
部分の仕事に行く前に、
必ず全体を見渡し、見落としのなきを確認します。
(この全体見渡しの確認の1分が、重要です。)
いざ戦いが始まったら、
終わりは早ければ早いほど良い。
けっしてあわててはいけない。
自分の許容範囲内で、最大のスピードを目指します。
(判断とスピードは、訓練と努力によって上がります。)
短期決戦を目指し、
長引くとみれば、すぐ撤退を辞すのが懸命です。
不毛な戦いは、単にことの悪化を招くだけです。
不毛な戦いは、可能な限り避けること。
自分へのダメージを極力少なくすること。
どうしても駄目な場合も、十分な分析が尽くされているなら、
すぐに負けを認め、撤退をするのが肝要です。
ずるずると後先に延ばす無理な戦いは、ロクなことがない。
また駄目なら、すぐ責任者と相談することです。
体力が温存できれば、次の戦いにまた持ち越せますから。
簡単なことですが、
無駄な、不毛な戦いは極力避けること。
戦力データは、考え尽くされた後に、
余分な贅肉を落とし、可能な限りポイントだけ残すこと。
(簡単なミスを防ぐ鍵となる。)
理論で万事に備え尽くしたのち、
現実、実際とは異なるものであるから、
その運用は無理なく、安全確実に、スピーディーに。
ただし万が一の流れは千変万化であるから、
現実の流れに矛盾しない、
時には理屈に逆らってでも、
その場にふさわしい方法を、当意即妙に考え、
切り抜けることが大切である。
不敗の境地に立ち、
千変万化に乗っ取る。
弱勢なら戦わない。
これが、百戦百勝のコツです。
それでほぼ苦しい戦いを強いられている人へ。
これは、僕の知恵袋です。
まずひとつ。
百戦百勝、しかして毎日が安泰、のキモ。
自分より強い、自分より歯が立たないと思ったものとは、
絶対戦わないこと!
万が一戦い、または勝負を強いられる場合は、
必ず自分より上、もしくは責任者の、
助力応援を頼み、許可を得ること。
そのための報告連絡相談を辞さないこと。
これがすべてといってよいです。
つまり、負け戦には絶対手を出さない。
負ける前に必ず応援助力を頼む。許可なしには動かない。
さすれば百戦百勝が得られます。
二つめ。自分で努めて戦う場合。
まず、戦う彼我の相手の、体力、弱点を、
情報をもとにすべて洗い出します。
特に弱い部分について重要なデータをpick upします。
この相手についての情報が、すべての勝利の鍵となります。
そこで、できる限りの弱点をカバーする対策を立て、
不敗の陣形、体勢を築きます。
この牙城に、ちょっとでも蟻の巣穴のような隙間が開いたら、
もろくも砂の城のように、簡単に崩れると心すべきです。
不敗、負けなしの陣形を作り、備えること。
後は、万全を期し、戦いを待ちます。
時間にゆとりを持ち、疲れを十分に取ります。
備えあれば憂いなし、です。
後は、すわ戦いです。
水を堰切ったように、跳びかかります。
とはいっても、軽率は禁物。
部分の仕事に行く前に、
必ず全体を見渡し、見落としのなきを確認します。
(この全体見渡しの確認の1分が、重要です。)
いざ戦いが始まったら、
終わりは早ければ早いほど良い。
けっしてあわててはいけない。
自分の許容範囲内で、最大のスピードを目指します。
(判断とスピードは、訓練と努力によって上がります。)
短期決戦を目指し、
長引くとみれば、すぐ撤退を辞すのが懸命です。
不毛な戦いは、単にことの悪化を招くだけです。
不毛な戦いは、可能な限り避けること。
自分へのダメージを極力少なくすること。
どうしても駄目な場合も、十分な分析が尽くされているなら、
すぐに負けを認め、撤退をするのが肝要です。
ずるずると後先に延ばす無理な戦いは、ロクなことがない。
また駄目なら、すぐ責任者と相談することです。
体力が温存できれば、次の戦いにまた持ち越せますから。
簡単なことですが、
無駄な、不毛な戦いは極力避けること。
戦力データは、考え尽くされた後に、
余分な贅肉を落とし、可能な限りポイントだけ残すこと。
(簡単なミスを防ぐ鍵となる。)
理論で万事に備え尽くしたのち、
現実、実際とは異なるものであるから、
その運用は無理なく、安全確実に、スピーディーに。
ただし万が一の流れは千変万化であるから、
現実の流れに矛盾しない、
時には理屈に逆らってでも、
その場にふさわしい方法を、当意即妙に考え、
切り抜けることが大切である。
不敗の境地に立ち、
千変万化に乗っ取る。
弱勢なら戦わない。
これが、百戦百勝のコツです。
偶然って、すごく大事だと思います。
偶然を生かすも、自分次第。
自分に自信を持つこと。
人は、所詮、他人でして、
人生の主人公は、自分自身ですから。
それと、ひとは、そう簡単に変わるもんじゃないです。
12歳と24歳で、大して変りましたか?
だから、自信を持ち続けて欲しい。
何を言われようが、不動の精神、
自分をみつめるココロが大事です。
それと、ヒトには、そんなに違いはない。
違いは取るに足らない。まあ誰も同じです。
実は孤独の錯覚は誰もが同じに思うわけで、
そんなつまらぬことに足を取られず、
自分のやってることを堂々信ずるが良い。
誰にも理解されぬのは当り前です。
ともかくも、偶然を大切にして、
今日明日を楽しく生きることです。
一日一日って、あっという間ですから、
ほんとうに大事にしないといけないと思います。
偶然を生かすも、自分次第。
自分に自信を持つこと。
人は、所詮、他人でして、
人生の主人公は、自分自身ですから。
それと、ひとは、そう簡単に変わるもんじゃないです。
12歳と24歳で、大して変りましたか?
だから、自信を持ち続けて欲しい。
何を言われようが、不動の精神、
自分をみつめるココロが大事です。
それと、ヒトには、そんなに違いはない。
違いは取るに足らない。まあ誰も同じです。
実は孤独の錯覚は誰もが同じに思うわけで、
そんなつまらぬことに足を取られず、
自分のやってることを堂々信ずるが良い。
誰にも理解されぬのは当り前です。
ともかくも、偶然を大切にして、
今日明日を楽しく生きることです。
一日一日って、あっという間ですから、
ほんとうに大事にしないといけないと思います。
明日も仕事ですけど。
同業もいるけど。
やっぱり、最後まで
ぼくの味方をしてくれた最大の理解者は、
多摩美、上智、慶応の子たちでした。
(それも実はたまたまで、
いいことかわるいことかわかりませんけど。。)
何はともあれ。
彼女らに共通なのは、
とくになんの資格もないけど。
元気に、光るセンスで、飛び回っていて、
モンシロチョウのように、もろくあやうくも、
それでも一生懸命に、現実社会で勝負しているんですね。
がんばれ、ぼくの最大の理解者たちさん!
センス丸出しで、なんの防御ももたないような
優しいあの子たち。
いつも応援してくれて、ありがとう。
だから、ぼくは、すべての盾となって
きみたちを守って行こうと思ってます。
いっしょにがんばってゆこうね。
だから僕はダンプカーで引かれたって、立ち上がりますよ。
(て、このせりふ見てれば、わかるでしょ!誰だか。)
同業もいるけど。
やっぱり、最後まで
ぼくの味方をしてくれた最大の理解者は、
多摩美、上智、慶応の子たちでした。
(それも実はたまたまで、
いいことかわるいことかわかりませんけど。。)
何はともあれ。
彼女らに共通なのは、
とくになんの資格もないけど。
元気に、光るセンスで、飛び回っていて、
モンシロチョウのように、もろくあやうくも、
それでも一生懸命に、現実社会で勝負しているんですね。
がんばれ、ぼくの最大の理解者たちさん!
センス丸出しで、なんの防御ももたないような
優しいあの子たち。
いつも応援してくれて、ありがとう。
だから、ぼくは、すべての盾となって
きみたちを守って行こうと思ってます。
いっしょにがんばってゆこうね。
だから僕はダンプカーで引かれたって、立ち上がりますよ。
(て、このせりふ見てれば、わかるでしょ!誰だか。)
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でも、映画、劇って、やっぱいいね。
2004年10月4日 エッセイたとえてみれば。
絵画や、美術や、音楽は、
一服の、小作品でしょ。
煮詰まった時間が、閉じ込められている。
まるで、パンドラの箱の、宝石のようだ。
でも、そんな純粋な伝統料理を離れて、
たまには無国籍料理を味わってみても良い。
そんな、時間変化のごっちゃ煮、千夜一夜物語が。
劇や映画なんだよね。
小説や戯曲は、読むものの想像力に任せてるけど。
劇や映画の表現は、より現実的、限定的。
だけど、自分にない、他者との、
ほんものの人間の触れ合い、生きた心地がある。
それが共感や意外性を生み、予想外に面白いんだよね。
新たな人間像との、出会い。それが生きて現実となる。
これがこのテの迫力、引き込む魅力そのもの。
だから、面白いし、やめられない。
そしてこれは、単なる伝統芸術や、スポーツにない、
生きた人間の、生活の息吹の魅力なんだよね。
様々な人間との、自然な触れ合い、出会いの証。
でも哲学や宗教のような、説教くさい思弁性もないんだよね。
そのまんまの絞りたての生のフレッシュ・ジュースのような、
作品のみずみずしさが、
歴史的作品とは別に、消え行きながら輝く生命力、
そして消えてしまう泡だけど、
次々にまた生まれ出る普遍性も持っている。
でも、また、それはそれとして。
僕にとって、なじみやすいのは、
なんとなくやっぱり、フランス文学なのだ。
ポール・バレリー、ベルレーヌ、ボードレールによる、
近代文学の言葉のしきたりの破壊が始まって、
ランボーが生まれ、イルミナシオンという、
現実生活の、言葉による開放と革命が起こり、
現実相克に先立つ、言葉の存在価値が見出される。
そこから始まって、哲学ではアンリ・ベルクソンが出現し、
言葉による、生命の哲学が流れるように出現し、
レビー・ストロースのような人類学者から、記号論と構造主義が現れる。これは主観に先立つ、外的構造のきわめて精緻な芸術因子が人間の心に刻まれて、われら基本認識に作用する影響と説得性を説いている。さらに、心身医学においてはフロイトからジャック・ラカンへ受け継がれ、精神医学の臨床的解釈へと発展する。まさに、きわめて難解にしても実は単純平明な、芸術大国フランス精神の産物なのである。いずれにしても根本に、現代の底流となる印象派巨匠のような様々な意識改革、美的生活革命の一端であって、根本はきわめて精緻にして単純である。その一瞬に輝くきわめて精緻におりなす技巧の極みが、自分に合う一番の理由だろうか。さらに、まるでルノワールの絵のように、可愛らしく軽い感じがピッタリなのである。
でも、彫刻ならイスラム世界の紋章なども、捨てがたい。
(アンダルシアに輝くアルハンブラのように丹精精緻なのね。)
けど、少々プライド高い、というよりナルシスチックなのが鼻につくけど。やっぱり。
絵画や、美術や、音楽は、
一服の、小作品でしょ。
煮詰まった時間が、閉じ込められている。
まるで、パンドラの箱の、宝石のようだ。
でも、そんな純粋な伝統料理を離れて、
たまには無国籍料理を味わってみても良い。
そんな、時間変化のごっちゃ煮、千夜一夜物語が。
劇や映画なんだよね。
小説や戯曲は、読むものの想像力に任せてるけど。
劇や映画の表現は、より現実的、限定的。
だけど、自分にない、他者との、
ほんものの人間の触れ合い、生きた心地がある。
それが共感や意外性を生み、予想外に面白いんだよね。
新たな人間像との、出会い。それが生きて現実となる。
これがこのテの迫力、引き込む魅力そのもの。
だから、面白いし、やめられない。
そしてこれは、単なる伝統芸術や、スポーツにない、
生きた人間の、生活の息吹の魅力なんだよね。
様々な人間との、自然な触れ合い、出会いの証。
でも哲学や宗教のような、説教くさい思弁性もないんだよね。
そのまんまの絞りたての生のフレッシュ・ジュースのような、
作品のみずみずしさが、
歴史的作品とは別に、消え行きながら輝く生命力、
そして消えてしまう泡だけど、
次々にまた生まれ出る普遍性も持っている。
でも、また、それはそれとして。
僕にとって、なじみやすいのは、
なんとなくやっぱり、フランス文学なのだ。
ポール・バレリー、ベルレーヌ、ボードレールによる、
近代文学の言葉のしきたりの破壊が始まって、
ランボーが生まれ、イルミナシオンという、
現実生活の、言葉による開放と革命が起こり、
現実相克に先立つ、言葉の存在価値が見出される。
そこから始まって、哲学ではアンリ・ベルクソンが出現し、
言葉による、生命の哲学が流れるように出現し、
レビー・ストロースのような人類学者から、記号論と構造主義が現れる。これは主観に先立つ、外的構造のきわめて精緻な芸術因子が人間の心に刻まれて、われら基本認識に作用する影響と説得性を説いている。さらに、心身医学においてはフロイトからジャック・ラカンへ受け継がれ、精神医学の臨床的解釈へと発展する。まさに、きわめて難解にしても実は単純平明な、芸術大国フランス精神の産物なのである。いずれにしても根本に、現代の底流となる印象派巨匠のような様々な意識改革、美的生活革命の一端であって、根本はきわめて精緻にして単純である。その一瞬に輝くきわめて精緻におりなす技巧の極みが、自分に合う一番の理由だろうか。さらに、まるでルノワールの絵のように、可愛らしく軽い感じがピッタリなのである。
でも、彫刻ならイスラム世界の紋章なども、捨てがたい。
(アンダルシアに輝くアルハンブラのように丹精精緻なのね。)
けど、少々プライド高い、というよりナルシスチックなのが鼻につくけど。やっぱり。
DVD 『ワンダフルライフ』『ディスタンス』の是枝裕和による、劇場用長編第4作。1988年に東京で実際に起きた「子ども置き去り事件」をモチーフにし、母親に置き去りにされた4人の子どもたちが、彼らだけの生活を続ける約1年を描いている。撮影にも1年以上をかけた入魂の一作だ。 撮影時、子どもたちに台本は渡されず、監督のその場の指示で…
有楽町のビックカメラの8階の映画館で上演中。デートのあいまに見てきました。
主演の日本人の男の子が、カンヌ映画祭の主演男優賞を受賞。
はっきりいって、こんな不幸、ありえない。
世の中、こんなバカ不幸があるかっていう。
連れのハンカチは思いっきり涙で濡れ、
僕のほうは、悲しみで開いた口がふさがらない。
ゴーゴリのどん底、チェーホフ、ドストエフスキー、太宰治なんての比じゃない。
世の中、この不幸に比べたらまだマシという。
究極の負の遺産をみさせてもらった。
簡単にいえば、飲んだくれの母にお金をもらって生活していた4兄弟が、お母さんにみ捨てられて、離れ離れになりたくないので自立で生活しようとする。長男は12歳だが、学校にも行けずお金の工面に奔放する。だが焼きが回って、不良仲間とつるむが捨てられる。そんななか、学校を休み公園でぶらつく、仲間外れの中学生の女の子と仲良くなり、初恋をするが、その女の子が援助交際でお金を稼いでしまう。そのお金で、嫌だ、ダメだと知りつつ、妹や弟にゴハンを食べさせてしまうために貰ってしまう。しまいに2歳の一番下の女の子が椅子から落ちて死んでしまう。いつかみたいといっていた飛行機のみれる羽田飛行場まで死んだ妹を運んで、ジェット機の轟音の下、死体を埋葬してお祈りをする・・・
ありえません、常識から考えて。救う手はずもあるはず。でも、そこは作品。何より兄弟と離れ離れになりたくないという兄弟愛で、福祉事務所行きを免れた少年の意志を代弁しているといいたい。正統な社会派リアリズムで、アメリカのロスト・チャイルドや離婚問題・性犯罪のような、きわめて切実に現代的な諸問題を浮き彫りにしているが、単純大胆で、へたな理屈を必要としない監督独自の演出は、子供どうしによる子供だけの会話、大人のわかりやすいメッセージのみで、きわめて純粋な芸術作品に仕上がっている。ここまで究極の悲劇を表現できるとは、まさにありえなかった。奇跡である。かつ素材がほんとうに子供だけなので、その純粋な悲しみはたとえようもない。こんなに悲しい映画は、まさに生まれて初めてである。
しかし、知らぬとはいえ、こんな悲しい映画を僕にすすめた連れとは・・。なんちゅう眼力。とはいえ、僕を精神攻撃で殺す気かっちゅうの。
悲しみが極みに達すると、まさに自分におかれている現実の諸問題が、ほんとにバカバカしい、どうでもよいことのように思われて、そんな負の相乗効果でわずかに明るくなれる。しかし、見たものの心の傷は到底癒せないであろう。様々な批評も無言の悲しさの前には無力となる。離婚するのは、子供を捨てるのは、援助交際はやめよう。ただ、これだけのことではあるのだけれど。この傷の深みはたとえようもない。
というわけで、一応見ることをオススメはいたしますが・・
僕はもう。悲しみで疲れました。明日も仕事です。んなわけで、もう寝ます。しばらく、カルチャー・ショックで立ち直れそうにありません。なんでこういつも僕の前には、次から次に試練と問題が立ち塞がるのだろう・・あああ。なんて、ぶつくさいいながら。もう、ほんとに寝ます。では、オヤスミなさい。ZZZ・・・
有楽町のビックカメラの8階の映画館で上演中。デートのあいまに見てきました。
主演の日本人の男の子が、カンヌ映画祭の主演男優賞を受賞。
はっきりいって、こんな不幸、ありえない。
世の中、こんなバカ不幸があるかっていう。
連れのハンカチは思いっきり涙で濡れ、
僕のほうは、悲しみで開いた口がふさがらない。
ゴーゴリのどん底、チェーホフ、ドストエフスキー、太宰治なんての比じゃない。
世の中、この不幸に比べたらまだマシという。
究極の負の遺産をみさせてもらった。
簡単にいえば、飲んだくれの母にお金をもらって生活していた4兄弟が、お母さんにみ捨てられて、離れ離れになりたくないので自立で生活しようとする。長男は12歳だが、学校にも行けずお金の工面に奔放する。だが焼きが回って、不良仲間とつるむが捨てられる。そんななか、学校を休み公園でぶらつく、仲間外れの中学生の女の子と仲良くなり、初恋をするが、その女の子が援助交際でお金を稼いでしまう。そのお金で、嫌だ、ダメだと知りつつ、妹や弟にゴハンを食べさせてしまうために貰ってしまう。しまいに2歳の一番下の女の子が椅子から落ちて死んでしまう。いつかみたいといっていた飛行機のみれる羽田飛行場まで死んだ妹を運んで、ジェット機の轟音の下、死体を埋葬してお祈りをする・・・
ありえません、常識から考えて。救う手はずもあるはず。でも、そこは作品。何より兄弟と離れ離れになりたくないという兄弟愛で、福祉事務所行きを免れた少年の意志を代弁しているといいたい。正統な社会派リアリズムで、アメリカのロスト・チャイルドや離婚問題・性犯罪のような、きわめて切実に現代的な諸問題を浮き彫りにしているが、単純大胆で、へたな理屈を必要としない監督独自の演出は、子供どうしによる子供だけの会話、大人のわかりやすいメッセージのみで、きわめて純粋な芸術作品に仕上がっている。ここまで究極の悲劇を表現できるとは、まさにありえなかった。奇跡である。かつ素材がほんとうに子供だけなので、その純粋な悲しみはたとえようもない。こんなに悲しい映画は、まさに生まれて初めてである。
しかし、知らぬとはいえ、こんな悲しい映画を僕にすすめた連れとは・・。なんちゅう眼力。とはいえ、僕を精神攻撃で殺す気かっちゅうの。
悲しみが極みに達すると、まさに自分におかれている現実の諸問題が、ほんとにバカバカしい、どうでもよいことのように思われて、そんな負の相乗効果でわずかに明るくなれる。しかし、見たものの心の傷は到底癒せないであろう。様々な批評も無言の悲しさの前には無力となる。離婚するのは、子供を捨てるのは、援助交際はやめよう。ただ、これだけのことではあるのだけれど。この傷の深みはたとえようもない。
というわけで、一応見ることをオススメはいたしますが・・
僕はもう。悲しみで疲れました。明日も仕事です。んなわけで、もう寝ます。しばらく、カルチャー・ショックで立ち直れそうにありません。なんでこういつも僕の前には、次から次に試練と問題が立ち塞がるのだろう・・あああ。なんて、ぶつくさいいながら。もう、ほんとに寝ます。では、オヤスミなさい。ZZZ・・・
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くだらない話は続く。
2004年9月29日 エッセイどうでもいいけど。
まだ友達には、KO英文で静岡出身の子がいて、妹さんは京大医学部教授の秘書をしている。
また、K林医学部大学院院生で小児科の先生というのもいる。
けど、もうどうでもよくなってきた。
気がかりなのは、純朴賢明なはずのKO医局の先生だ。
正直いって、彼女はまったく男慣れしてない。
二人姉妹の妹さんで、中高大とずっと女子校生活だった。
それでいきなりKO医局に移ってから、話かけてもあまり返答しなかった。仕事のうえで余計な私情に禁止を決め込み、修道女のように清楚を保ったのである。それでロクに仕事もできないということで外に出されてしまった。・・なおかつヤバイのは、オトコは開成→東大医、慶応のみだと打ち明けていたことだ。今どき、開成→東大医なんて、偏狭なカタワさん、学歴社会の弊害のカタマリよ、あんなのは。いいのはオツムだけ。でもそれも、所詮大学入試レベルの微分積分、というだけのもの、大半の理系の人ならできるでしょ。しかも、開成→KO医なんて、ナンパでロクなのいない。学歴なんて気にせず本人をだけみてけばといってるのに。親が許さんとかいう。ウザイなあ。
しかもぼくはオトコとしては対象外、ということで謁見を許され平気で電話されるのもなんなんだよとも、思うけど。
・・勿体ないのは、そういうバカな話を除いても、この人、サシで話せば、本当に男女の別なく感じのよい、ダントツに話上手な賢い人なのです。多分開成→慶応医の男なんて問題にならん。知識と理路清冽さ加減は自分のバカ上司や同僚なんかとも比較にならない。にも関わらず、上や周りを盛り立てて自分は一線引いてしまっている。もったいないなあ。アンタの方が上だっちゅうの。自信を持っていいのに。ということで、僕はやっぱり彼女の開成コンプレックスがようワカラン。なぜかO陰は開成を意識するんかい。クダラナイな、と思ったり、でもなんか少し本音を覗いた気もする。
概して、ぼくや周囲を見ても、男は古い観念でいっぱいで、頭が頑固で硬直しているから、清涼剤のように、彼女の知性がそれ洗い流してくれればと思っている。また、こういうデキル人を外に野放しにしてしまって気づかない我が環境の罪は大きい。しかもバカとブスばかり残しやがって。アホか。
あと。美大というのは、やはり使えない種族だ。
世に使えないシロモノを自分本位に学ぶだけ。
大体、リッチで適当に遊んでいて、
困ったときにインスタントに金と男が手に入るという
その発想、安直さとバカさ加減。
困ったときに男になついて猫かぶれば、
すべてウマクいくのよというテイのいいバカぶりバイタ加減は
ヨンさまの鉄拳をくらわせて、
北朝鮮に流してしまったほうがお国のためにも良い。
売春婦じゃないんだから。
・・美大音大外大の美人諸君は、
男をナメてしまって、その品位レベルを
かえって落としてしまっていないか?
そのうちの男の誰かが、総じてアンタの旦那さんになるんだよ?
って、オトコをないがしろにするのは、
結局自分自身のクビを絞めてるんのがわからんのかなあ。
要するに共倒れだっていうんだよ。
少しは、働く労働者の苦労っつてもんを知ってみろよ。
遊んでばっかいるのがアンタだけじゃ、マズイだろが。
カワイイともてはやされているのも今のうち。
そのうち結婚して子供もできて、泥沼の生活が始まるだろう。
もう少しわが身を整理して将来に備えろといいたい。
いくら美人だって、働く清楚な人に比べれば
ごみアクタにすぎないって
どんなフツーなオトコもわきまえるでしょう。
そこまでバカじゃないんだから。
まだ友達には、KO英文で静岡出身の子がいて、妹さんは京大医学部教授の秘書をしている。
また、K林医学部大学院院生で小児科の先生というのもいる。
けど、もうどうでもよくなってきた。
気がかりなのは、純朴賢明なはずのKO医局の先生だ。
正直いって、彼女はまったく男慣れしてない。
二人姉妹の妹さんで、中高大とずっと女子校生活だった。
それでいきなりKO医局に移ってから、話かけてもあまり返答しなかった。仕事のうえで余計な私情に禁止を決め込み、修道女のように清楚を保ったのである。それでロクに仕事もできないということで外に出されてしまった。・・なおかつヤバイのは、オトコは開成→東大医、慶応のみだと打ち明けていたことだ。今どき、開成→東大医なんて、偏狭なカタワさん、学歴社会の弊害のカタマリよ、あんなのは。いいのはオツムだけ。でもそれも、所詮大学入試レベルの微分積分、というだけのもの、大半の理系の人ならできるでしょ。しかも、開成→KO医なんて、ナンパでロクなのいない。学歴なんて気にせず本人をだけみてけばといってるのに。親が許さんとかいう。ウザイなあ。
しかもぼくはオトコとしては対象外、ということで謁見を許され平気で電話されるのもなんなんだよとも、思うけど。
・・勿体ないのは、そういうバカな話を除いても、この人、サシで話せば、本当に男女の別なく感じのよい、ダントツに話上手な賢い人なのです。多分開成→慶応医の男なんて問題にならん。知識と理路清冽さ加減は自分のバカ上司や同僚なんかとも比較にならない。にも関わらず、上や周りを盛り立てて自分は一線引いてしまっている。もったいないなあ。アンタの方が上だっちゅうの。自信を持っていいのに。ということで、僕はやっぱり彼女の開成コンプレックスがようワカラン。なぜかO陰は開成を意識するんかい。クダラナイな、と思ったり、でもなんか少し本音を覗いた気もする。
概して、ぼくや周囲を見ても、男は古い観念でいっぱいで、頭が頑固で硬直しているから、清涼剤のように、彼女の知性がそれ洗い流してくれればと思っている。また、こういうデキル人を外に野放しにしてしまって気づかない我が環境の罪は大きい。しかもバカとブスばかり残しやがって。アホか。
あと。美大というのは、やはり使えない種族だ。
世に使えないシロモノを自分本位に学ぶだけ。
大体、リッチで適当に遊んでいて、
困ったときにインスタントに金と男が手に入るという
その発想、安直さとバカさ加減。
困ったときに男になついて猫かぶれば、
すべてウマクいくのよというテイのいいバカぶりバイタ加減は
ヨンさまの鉄拳をくらわせて、
北朝鮮に流してしまったほうがお国のためにも良い。
売春婦じゃないんだから。
・・美大音大外大の美人諸君は、
男をナメてしまって、その品位レベルを
かえって落としてしまっていないか?
そのうちの男の誰かが、総じてアンタの旦那さんになるんだよ?
って、オトコをないがしろにするのは、
結局自分自身のクビを絞めてるんのがわからんのかなあ。
要するに共倒れだっていうんだよ。
少しは、働く労働者の苦労っつてもんを知ってみろよ。
遊んでばっかいるのがアンタだけじゃ、マズイだろが。
カワイイともてはやされているのも今のうち。
そのうち結婚して子供もできて、泥沼の生活が始まるだろう。
もう少しわが身を整理して将来に備えろといいたい。
いくら美人だって、働く清楚な人に比べれば
ごみアクタにすぎないって
どんなフツーなオトコもわきまえるでしょう。
そこまでバカじゃないんだから。
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日記だからできる、暴露話。
2004年9月26日 エッセイ前述の、様々な女友達について。
一人はO陰から女子医を出て、KOの医局に行った、
消化器内科の先生である。
非常にさわやかな知的美人で、好感度抜群である。
ただ、表面上はひかえめで、別の医局と慣れない環境で、大変だとこぼしていた。某世田谷区K沢にあるk立病院T京医療センターに赴任後してから、本来の明るさを取り戻している。
僕は、正直、彼女の明るく知的な頭の切れには、およそかなわない。男女を越えた公私ともどもの良き相談相手として、大変貴重な存在である。しかも世のアマタに通ず。O陰の教養恐るべし。(彼女は今、山のように付き合いアプライがあるらしいが、とりあえずまだ誰とも付き合う意思はなく、それも願わくは同業じゃないほうがいいといっていた。でもオトコまさりとはまさに反対の方で、その辺の事情がまだよくわからない。やっぱり同業って、どこもきついんじゃないかな。変なのもいるしね。)
KO経済から東京O菱へ行った、丸の内Brain。彼女は若くしてKOの先輩に徹底的に鍛えられ、日本の金利情勢を牛耳つつある。彼女の左脳から繰り出された細かな正確な計算値が会議決定を経て承認され、全国支店の利率変動へと一斉に動いていく。ただそのプレッシャーのため、彼女の生活は夜ごと事実上崩壊し、毎夜彼氏でもない僕の所に電話をしての上司の愚痴で、ぼくは散々困った。彼女は現在、生活を立て直し、ファイナンシャル・プランナーの資格取得を目指し勉強中である。非常に時間金銭に厳格な人で、信用をなくすと付き合ってくれなくなる。だが僕はそんな彼女が初めて崩れた優しい一面をみせたので、気合一発元気の声をかけたのだった。
T美大院のM子嬢、最年少である。1回振られたが仲を取り戻している。ひたすら版画製作に専念しているが、根をつめると体に毒なので、後輩を紹介してあげた。でも正直小野真弓に似て最高にかわいい。器量よしダントツNo1である。本人も面食いで、モテルくせに僕を含めて対抗できるオトコがいないので未だ一人身である。美大出身ということもあり、面白さも抜群。ただ少々躁鬱である。ものすごいオトボケと想像力の塊の反面、中身は大変シャープで、カミソリのような切れ味で感覚を一刀両断する。その手腕は例をみない。公私でも勘が鋭いので、ナメルと大変である。彼女の妹も頭が切れて、KO経済で公認会計士を目指し勉強中。なお彼女はT木県代議士KD財閥の孫娘で、横浜みなとみらいに広大な跡地を持つ究極のお嬢様である。
W大仏文はT立N高出身の子である。彼女は僕と演劇「他人の顔」を演じたヒロインであり、当時舞台女優でもあった。大阪弁の異能も持つ。非常に明るくさばけた感じだが、少々風変わりである。突然連絡が途絶えてから帰ってきてみれば、フランスへ行ってたとの事。でも南仏にも行かなく、実際は狭いパリの袋小路にじっとしていて何もしてこなかったらしいのである。帰国後、某TBSの報道の裏方で、画像と字幕の同時翻訳から、素材の種分けなど大活躍している。演劇は足を洗ったとか。報道マスコミ関係は地味な仕事だといっていたが、不定期の合間に青山六本木を遊び歩き、なんと大橋マキと村路佳織を紹介してくれた。人間わからぬものだ。最近結婚され、少しく疎遠しているが。
上智外国語学部仏文の子。妹さんはKO出身。英語仏語ペラペラ、音楽美術アウトドア、なんでもござれのマルチ姉御肌である。外大を選ぶ前は音大を目指し、なんでも在学中は美術部で油絵をナラしていたという。文学よりは実用語学に関心があり、英語はもともとできるので独語か仏語を専攻したという。しかしかなりの努力家である。就職後服装企画という趣味実益方面に方向転換し、まあ一種のデザイナーとして、特技の仏語を生かし活躍成功し、年500万の収益を持つ。しかし一番普通っぽく器量も普通。だが趣味多芸な彼女の友達の周りには海外帰国子女も多く、好奇心旺盛かつ外的関心度も非常に高い。留学にも大賛成を示してくれている。現在のところ、とりあえず嫁さん候補NO1になりそうだが、はたして?
異色なのは、東京芸大創立者、黒田清輝の直系子孫T矢嬢である。自分の知り合いで、実はこの人究極のお嬢様NO1である。この人はっきしいって、天皇の親戚、華族である。寺田屋事件、薩摩の人橋O玄Oの弟、サッポロビールの創始者で札幌農学校総長、橋O文Oの子孫でもある。この橋Oから婿入りをしたのが
かの日本海軍元帥、初代台湾提督、樺山資紀であり、その娘がかの白州正子、白州次郎(天皇家の教育係)の妻である。いずれにしても歴史上の人物である。彼女といえば黒田画伯の志を受け継ぎ、絵付けと壺に専念していた。本人はいたって穏やかなのだがかなり気難しい。ある日突然思い立って甲州街道100キロ、ママチャリに乗って富士五湖の西湖まで行ってしまうから恐ろしい。思い立ったら止められないそうなのである。(病気か?)マラソンランナー、フェンシングの選手でもあった。特技は丈夫で長持ち、でも頭は弱いのだそうである。しかしこれが面白いといって、ナメて口の利き方を間違えると大惨事となる。マジ発狂して刺されます。美大のM子にこれを話してたら、面白そうに眼をパチパチして聞いていた。上には上がいるもんだなと。(でもそんな上いらない。)
以上、とりあえずの武勇伝を乗っけときます。しかし、いろんな人いますね、ほんとに。でも、これ以外にも面白いのはまだあるんですけどね。内緒にしておきます。
しかし、無資格の文系諸君は、会社辞めたらただの人。その辺、わかってんのかな。はっきりいって、どこの大学出ようが、大差ないと思います。だから資格持って働けるのが、やっぱ強いんじゃないかな、と雑感して終わり。(殺されるな・・)
一人はO陰から女子医を出て、KOの医局に行った、
消化器内科の先生である。
非常にさわやかな知的美人で、好感度抜群である。
ただ、表面上はひかえめで、別の医局と慣れない環境で、大変だとこぼしていた。某世田谷区K沢にあるk立病院T京医療センターに赴任後してから、本来の明るさを取り戻している。
僕は、正直、彼女の明るく知的な頭の切れには、およそかなわない。男女を越えた公私ともどもの良き相談相手として、大変貴重な存在である。しかも世のアマタに通ず。O陰の教養恐るべし。(彼女は今、山のように付き合いアプライがあるらしいが、とりあえずまだ誰とも付き合う意思はなく、それも願わくは同業じゃないほうがいいといっていた。でもオトコまさりとはまさに反対の方で、その辺の事情がまだよくわからない。やっぱり同業って、どこもきついんじゃないかな。変なのもいるしね。)
KO経済から東京O菱へ行った、丸の内Brain。彼女は若くしてKOの先輩に徹底的に鍛えられ、日本の金利情勢を牛耳つつある。彼女の左脳から繰り出された細かな正確な計算値が会議決定を経て承認され、全国支店の利率変動へと一斉に動いていく。ただそのプレッシャーのため、彼女の生活は夜ごと事実上崩壊し、毎夜彼氏でもない僕の所に電話をしての上司の愚痴で、ぼくは散々困った。彼女は現在、生活を立て直し、ファイナンシャル・プランナーの資格取得を目指し勉強中である。非常に時間金銭に厳格な人で、信用をなくすと付き合ってくれなくなる。だが僕はそんな彼女が初めて崩れた優しい一面をみせたので、気合一発元気の声をかけたのだった。
T美大院のM子嬢、最年少である。1回振られたが仲を取り戻している。ひたすら版画製作に専念しているが、根をつめると体に毒なので、後輩を紹介してあげた。でも正直小野真弓に似て最高にかわいい。器量よしダントツNo1である。本人も面食いで、モテルくせに僕を含めて対抗できるオトコがいないので未だ一人身である。美大出身ということもあり、面白さも抜群。ただ少々躁鬱である。ものすごいオトボケと想像力の塊の反面、中身は大変シャープで、カミソリのような切れ味で感覚を一刀両断する。その手腕は例をみない。公私でも勘が鋭いので、ナメルと大変である。彼女の妹も頭が切れて、KO経済で公認会計士を目指し勉強中。なお彼女はT木県代議士KD財閥の孫娘で、横浜みなとみらいに広大な跡地を持つ究極のお嬢様である。
W大仏文はT立N高出身の子である。彼女は僕と演劇「他人の顔」を演じたヒロインであり、当時舞台女優でもあった。大阪弁の異能も持つ。非常に明るくさばけた感じだが、少々風変わりである。突然連絡が途絶えてから帰ってきてみれば、フランスへ行ってたとの事。でも南仏にも行かなく、実際は狭いパリの袋小路にじっとしていて何もしてこなかったらしいのである。帰国後、某TBSの報道の裏方で、画像と字幕の同時翻訳から、素材の種分けなど大活躍している。演劇は足を洗ったとか。報道マスコミ関係は地味な仕事だといっていたが、不定期の合間に青山六本木を遊び歩き、なんと大橋マキと村路佳織を紹介してくれた。人間わからぬものだ。最近結婚され、少しく疎遠しているが。
上智外国語学部仏文の子。妹さんはKO出身。英語仏語ペラペラ、音楽美術アウトドア、なんでもござれのマルチ姉御肌である。外大を選ぶ前は音大を目指し、なんでも在学中は美術部で油絵をナラしていたという。文学よりは実用語学に関心があり、英語はもともとできるので独語か仏語を専攻したという。しかしかなりの努力家である。就職後服装企画という趣味実益方面に方向転換し、まあ一種のデザイナーとして、特技の仏語を生かし活躍成功し、年500万の収益を持つ。しかし一番普通っぽく器量も普通。だが趣味多芸な彼女の友達の周りには海外帰国子女も多く、好奇心旺盛かつ外的関心度も非常に高い。留学にも大賛成を示してくれている。現在のところ、とりあえず嫁さん候補NO1になりそうだが、はたして?
異色なのは、東京芸大創立者、黒田清輝の直系子孫T矢嬢である。自分の知り合いで、実はこの人究極のお嬢様NO1である。この人はっきしいって、天皇の親戚、華族である。寺田屋事件、薩摩の人橋O玄Oの弟、サッポロビールの創始者で札幌農学校総長、橋O文Oの子孫でもある。この橋Oから婿入りをしたのが
かの日本海軍元帥、初代台湾提督、樺山資紀であり、その娘がかの白州正子、白州次郎(天皇家の教育係)の妻である。いずれにしても歴史上の人物である。彼女といえば黒田画伯の志を受け継ぎ、絵付けと壺に専念していた。本人はいたって穏やかなのだがかなり気難しい。ある日突然思い立って甲州街道100キロ、ママチャリに乗って富士五湖の西湖まで行ってしまうから恐ろしい。思い立ったら止められないそうなのである。(病気か?)マラソンランナー、フェンシングの選手でもあった。特技は丈夫で長持ち、でも頭は弱いのだそうである。しかしこれが面白いといって、ナメて口の利き方を間違えると大惨事となる。マジ発狂して刺されます。美大のM子にこれを話してたら、面白そうに眼をパチパチして聞いていた。上には上がいるもんだなと。(でもそんな上いらない。)
以上、とりあえずの武勇伝を乗っけときます。しかし、いろんな人いますね、ほんとに。でも、これ以外にも面白いのはまだあるんですけどね。内緒にしておきます。
しかし、無資格の文系諸君は、会社辞めたらただの人。その辺、わかってんのかな。はっきりいって、どこの大学出ようが、大差ないと思います。だから資格持って働けるのが、やっぱ強いんじゃないかな、と雑感して終わり。(殺されるな・・)
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僕の、異性の友人は、
結構いるんですが。
大学名だけいうと、
慶応経済、英文、早稲田仏文、上智仏文、多摩美、音大、女子医などなど。
結構、ふつうじゃないと思っていたんですが。
でも、ね。・・。
ひとりとして、結婚してくれないじゃありませんか。
どゆことん・・・。
やっぱり、何か問題なんですかね。
問題なんすか!
・・一応、今度も上智と慶応の子から
Applyがきてて、結構いい感じですけど。
また、はじめだけで。
フラレるんじゃないでしょうね。
・・。がっでむ。
結構いるんですが。
大学名だけいうと、
慶応経済、英文、早稲田仏文、上智仏文、多摩美、音大、女子医などなど。
結構、ふつうじゃないと思っていたんですが。
でも、ね。・・。
ひとりとして、結婚してくれないじゃありませんか。
どゆことん・・・。
やっぱり、何か問題なんですかね。
問題なんすか!
・・一応、今度も上智と慶応の子から
Applyがきてて、結構いい感じですけど。
また、はじめだけで。
フラレるんじゃないでしょうね。
・・。がっでむ。
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みんなで夢をみたいから。
2004年9月13日 エッセイそれが誰であろうと、関係なく。
たまたま彼女を好きになって、
そして、たまたま一緒に、
楽しい夢をみてこれて。
でもそれは、誰かにとっての格別な夢なんかでなく、
だれでもいっしょに分かち合えるもので。
それは何より楽しいから。
だから僕は、ちょっと引いてみて、
おんなじ夢を、
みんなにみせたいと考えた。
ちょっと、わき目にそれて
すこしの別れはちょっと我慢すればいい。
これは、いつも好きな子にしてあげたことだった。
でもそれが、ほんとにいいことなら、
そして、その愛情がきっとほんとうなら、
きっとその夢は、いつかまた僕と彼女に帰ってきて、
夢の続きを、きっとみせてくれると信じている。
(たまたま付き合う相手にも、違いはない。
みんなが、それぞれに別の良さを持っている。
そんな異なる相手に、僕がみているのは、
でも、いつもおんなじ、
あったかいものだった。)
たまたま彼女を好きになって、
そして、たまたま一緒に、
楽しい夢をみてこれて。
でもそれは、誰かにとっての格別な夢なんかでなく、
だれでもいっしょに分かち合えるもので。
それは何より楽しいから。
だから僕は、ちょっと引いてみて、
おんなじ夢を、
みんなにみせたいと考えた。
ちょっと、わき目にそれて
すこしの別れはちょっと我慢すればいい。
これは、いつも好きな子にしてあげたことだった。
でもそれが、ほんとにいいことなら、
そして、その愛情がきっとほんとうなら、
きっとその夢は、いつかまた僕と彼女に帰ってきて、
夢の続きを、きっとみせてくれると信じている。
(たまたま付き合う相手にも、違いはない。
みんなが、それぞれに別の良さを持っている。
そんな異なる相手に、僕がみているのは、
でも、いつもおんなじ、
あったかいものだった。)
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本当に好きな人は・・。
2004年9月9日 エッセイ本当に好きな人は、ひとり。
それは、やむを得ない。
どうしても、その子を、守っていく。
それも、やむを得ない。
現実に結婚できるのは、ただひとり。
でも、ぼくは、その彼女だけは、
結婚、恋愛以上の絆を持っていて、
お互いそれを熟知している。
たとえ今ぼくが彼女と結婚できなくても、
その絆だけは、たとえ彼女や僕が
ほかの人と結婚してしまっても、
もう変わることのない絆であることを
お互いは知っている。
それだけは、守ってゆきたい。
だから彼女が幸せになるのならば、
僕はどんな犠牲も惜しまない。
たとえぼくら二人がどんなに変わろうと、
それはまた永遠に変わることのない、
僕らはそんな幸せな気持ちで一杯である。
それは、恋愛、結婚なんかの感情を、
とうに超えてしまっている。
愛情、信頼に満ちた、
幼馴染としての人間の証である。
それは、やむを得ない。
どうしても、その子を、守っていく。
それも、やむを得ない。
現実に結婚できるのは、ただひとり。
でも、ぼくは、その彼女だけは、
結婚、恋愛以上の絆を持っていて、
お互いそれを熟知している。
たとえ今ぼくが彼女と結婚できなくても、
その絆だけは、たとえ彼女や僕が
ほかの人と結婚してしまっても、
もう変わることのない絆であることを
お互いは知っている。
それだけは、守ってゆきたい。
だから彼女が幸せになるのならば、
僕はどんな犠牲も惜しまない。
たとえぼくら二人がどんなに変わろうと、
それはまた永遠に変わることのない、
僕らはそんな幸せな気持ちで一杯である。
それは、恋愛、結婚なんかの感情を、
とうに超えてしまっている。
愛情、信頼に満ちた、
幼馴染としての人間の証である。
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むかしのアップしたうちで、
少々病的ともいえますけど、
でも読んで、またいいなと思ったので、
再載することにします。
でも、これ、ほんとうは、クラシック音楽なのよ。
(Ravel.僕の18番。)
「夜のガスパール/アロイジウス・ベルトラン」より3編抜粋 (及川茂訳)
「オンディーヌ」
「聞いてください!聞いてください!私です、オンディーヌです。淡い月の光に照らされた響くような菱形の窓に、しずくとなって軽く触れているのは。波の衣装をまとって、星のまたたく美しい夜と、眠りについている美しい湖を露台から見つめている水のお城のお姫さまです。
「どの波も流れを泳ぐ水の精、どの流れも私のお城へうねってやってくる小径、そして私のお城は、湖の底、火と大地と空気の織りなす三角形の中に、流れるごとく建てられています。
「聞いてください!聞いてください!私の父は、緑のはんの木の小枝で立ち騒ぐ水を打ち静め、姉たちは泡の手で、草が茂り睡蓮やグラジオラスの咲く清々しい小島を愛撫したり、釣り糸をたらしている老いて髭のはえた柳をからかったりしています!」
水の精はささやく声で歌いながら、私に哀願するようにいった。彼女の指輪を私の指に受けて、オンディーヌの夫となって、湖の王としてともにその宮殿を訪れようと。
だが、私は、やがて死ぬ運命にある人間の女のほうが好きだと答えると、機嫌をそこねた恨みを胸に、幾しずくかの涙を流したかと思うと、とつじょ甲高い笑い声をあげ、青い窓ガラスに白々と流れる水滴となって消え去っていった。
「絞首台」
ああ!私の耳に聞こえるものは、鋭く音を立てる夜の北風か?それとも絞首台の上で吐息をつく首吊り人か?
あれは、憐れみ深くも絞首台の根元を靴のようにおおう、苔や花の咲かぬ木蔦の陰にひそんで歌うコオロギか?
あれは、もはや聞こえぬ耳のまわりで獲物を追いつめ、狩の角笛を吹く蝿の音か?
あれは、気まぐれに飛びながら、禿げた頭から血みどろの髪を引き抜くかぶと虫か?
それともあれは、縄の巻きついた首に襟飾りにしようと、半オーヌのモスリンを織る蜘蛛の奴か?
それは地平線の彼方、街の壁に鳴り響く鐘の音、また夕日が赤く染める首吊り人の残がい。
「スカルボ」
ああ!いくど私は奴の声を聞き、奴を見たことか、スカルボを!黄金の蜂をちりばめた紺青の旗の上に、月が銀の楯のように輝く真夜中に!
いくど私は壁がんの陰で奴が笑う声や、爪を私の寝台の絹のカーテンに軋ませる音を聞いたことか!
いくど私は奴が天井から下がり、魔女の紡錘竿から落ちた紡錘のように、片足で旋回し、部屋の中を転がるのを見たことか!
それで小人が目をまわしたかと思いきや、尖った帽子の先に金の鈴を鳴らし、まるでゴシック式カセドラルの鐘楼のように、奴は月と私のあいだにぐんぐんと大きくなっていった!
しかしまもなく奴の体はロウソクのロウのように青ざめて透きとおり、その顔は燃え残りの炎のように青白く…、そして突然消え失せた。
少々病的ともいえますけど、
でも読んで、またいいなと思ったので、
再載することにします。
でも、これ、ほんとうは、クラシック音楽なのよ。
(Ravel.僕の18番。)
「夜のガスパール/アロイジウス・ベルトラン」より3編抜粋 (及川茂訳)
「オンディーヌ」
「聞いてください!聞いてください!私です、オンディーヌです。淡い月の光に照らされた響くような菱形の窓に、しずくとなって軽く触れているのは。波の衣装をまとって、星のまたたく美しい夜と、眠りについている美しい湖を露台から見つめている水のお城のお姫さまです。
「どの波も流れを泳ぐ水の精、どの流れも私のお城へうねってやってくる小径、そして私のお城は、湖の底、火と大地と空気の織りなす三角形の中に、流れるごとく建てられています。
「聞いてください!聞いてください!私の父は、緑のはんの木の小枝で立ち騒ぐ水を打ち静め、姉たちは泡の手で、草が茂り睡蓮やグラジオラスの咲く清々しい小島を愛撫したり、釣り糸をたらしている老いて髭のはえた柳をからかったりしています!」
水の精はささやく声で歌いながら、私に哀願するようにいった。彼女の指輪を私の指に受けて、オンディーヌの夫となって、湖の王としてともにその宮殿を訪れようと。
だが、私は、やがて死ぬ運命にある人間の女のほうが好きだと答えると、機嫌をそこねた恨みを胸に、幾しずくかの涙を流したかと思うと、とつじょ甲高い笑い声をあげ、青い窓ガラスに白々と流れる水滴となって消え去っていった。
「絞首台」
ああ!私の耳に聞こえるものは、鋭く音を立てる夜の北風か?それとも絞首台の上で吐息をつく首吊り人か?
あれは、憐れみ深くも絞首台の根元を靴のようにおおう、苔や花の咲かぬ木蔦の陰にひそんで歌うコオロギか?
あれは、もはや聞こえぬ耳のまわりで獲物を追いつめ、狩の角笛を吹く蝿の音か?
あれは、気まぐれに飛びながら、禿げた頭から血みどろの髪を引き抜くかぶと虫か?
それともあれは、縄の巻きついた首に襟飾りにしようと、半オーヌのモスリンを織る蜘蛛の奴か?
それは地平線の彼方、街の壁に鳴り響く鐘の音、また夕日が赤く染める首吊り人の残がい。
「スカルボ」
ああ!いくど私は奴の声を聞き、奴を見たことか、スカルボを!黄金の蜂をちりばめた紺青の旗の上に、月が銀の楯のように輝く真夜中に!
いくど私は壁がんの陰で奴が笑う声や、爪を私の寝台の絹のカーテンに軋ませる音を聞いたことか!
いくど私は奴が天井から下がり、魔女の紡錘竿から落ちた紡錘のように、片足で旋回し、部屋の中を転がるのを見たことか!
それで小人が目をまわしたかと思いきや、尖った帽子の先に金の鈴を鳴らし、まるでゴシック式カセドラルの鐘楼のように、奴は月と私のあいだにぐんぐんと大きくなっていった!
しかしまもなく奴の体はロウソクのロウのように青ざめて透きとおり、その顔は燃え残りの炎のように青白く…、そして突然消え失せた。
友達に車を買えとすすめられる。
なんというか、たしかに
いい車のほんとうの贅沢さはわかる気がする。
例えば、本当にいい服、小物(ブランド)、車なぞは
いい意味でその人の良い持ち味を引き出してくれると思うから。
でもね。
BMの630なんかは、買えといっても、
1100万円もするんだよ。
ばかばかしいんじゃないでしょうか?
ぼくはスピードは特に求めてませんので。
しかもWIND・サーフを上に乗せるのに
どうやって外車の新車なぞですませるのでしょう。
(用途が違うんですよね)
ただね、例えば昔のスカイラインGTRやZ、ランサーなぞは
スピード馬力まがいの品のないイメージしかないですが、
やっぱりベンツBMWアウデイボルボなぞは
スピードも許される優雅さを合わせもって然るべきですね。
でも、個人的にいいのは、
例えばルパン3世が富士子ちゃんを乗せてた、
フィアットなんかは妙味ですね。
壊れやすさを除けば軽妙オシャレでいいんじゃない?
アルファロメオはいかにもらしきで面白みに欠けますが。
今度のGTのハイ・センスぶりはいかがなもんなんでしょう。
ただルノー・プジョーあたりの軽いクルマまわしも
なかなかセンスに光ると思われますし。
ポルシェカイエンなんかもセンス、一線光りますね。
でもたとえて本気でみれば
BMWのZ4なんかはどうなんでしょうか。
また希少価値のクルマは目立つけど、
らしさが出てていいですね。
でもいきなり、インドのアンバサダーなんかがでてきたら、
面白いけど、結構引きますなあ。(最高速度80キロ。)
・・無難なら、けど日本車は、
値段のわりを考えると効率やはりバツグンですね。
それでいてなんでハイ・ソサエテイは外車向きなんすかね。
税金で引けたとしても、割りにあわんだろうし、
差し引いてもなんかイヤミにみえるんすけどね。
らしき振りを堪能したいんかなあ。(安趣味。爆)
なんというか、たしかに
いい車のほんとうの贅沢さはわかる気がする。
例えば、本当にいい服、小物(ブランド)、車なぞは
いい意味でその人の良い持ち味を引き出してくれると思うから。
でもね。
BMの630なんかは、買えといっても、
1100万円もするんだよ。
ばかばかしいんじゃないでしょうか?
ぼくはスピードは特に求めてませんので。
しかもWIND・サーフを上に乗せるのに
どうやって外車の新車なぞですませるのでしょう。
(用途が違うんですよね)
ただね、例えば昔のスカイラインGTRやZ、ランサーなぞは
スピード馬力まがいの品のないイメージしかないですが、
やっぱりベンツBMWアウデイボルボなぞは
スピードも許される優雅さを合わせもって然るべきですね。
でも、個人的にいいのは、
例えばルパン3世が富士子ちゃんを乗せてた、
フィアットなんかは妙味ですね。
壊れやすさを除けば軽妙オシャレでいいんじゃない?
アルファロメオはいかにもらしきで面白みに欠けますが。
今度のGTのハイ・センスぶりはいかがなもんなんでしょう。
ただルノー・プジョーあたりの軽いクルマまわしも
なかなかセンスに光ると思われますし。
ポルシェカイエンなんかもセンス、一線光りますね。
でもたとえて本気でみれば
BMWのZ4なんかはどうなんでしょうか。
また希少価値のクルマは目立つけど、
らしさが出てていいですね。
でもいきなり、インドのアンバサダーなんかがでてきたら、
面白いけど、結構引きますなあ。(最高速度80キロ。)
・・無難なら、けど日本車は、
値段のわりを考えると効率やはりバツグンですね。
それでいてなんでハイ・ソサエテイは外車向きなんすかね。
税金で引けたとしても、割りにあわんだろうし、
差し引いてもなんかイヤミにみえるんすけどね。
らしき振りを堪能したいんかなあ。(安趣味。爆)
なんの得にもならない話。
2004年8月30日 エッセイしごく、タブーに近いお話で。
ぜんぜん、関係ないんですけど。
はっきしいって、無宗教です。
別に、無節操とかでないんですけども。
ぜんぜん、クリスマスとか、初詣、七五三とか、
ごっちゃでいいーんじゃないでしょうか。
それに当然でしょうが。
押し付けがましい、勧誘は一切お断り。
押し付け、他人の迷惑、大嫌い!
時間泥棒なんて、フザけんな、ですよ。
もっと日常に、眼を向けろってんですよ。
そういうもんにすがる、不条理な可哀想な人が一部にいるのも
わかるんですけども。
ちゃんと仕事して、
お金稼げってんですよ。マジで。
個人的に、タブーに挑戦ですが。
仏教いまいち、神道わからん。
キリスト教は肌にあわん。
イスラムは人種すら違う。
ガネーシャ、シバのヒンズーは、
おもしろいとはおもうんですけども。
まあそれ以上つっこむとはおもわれまへんなあ。
あえてあげるなら、
少しは禅が肌にあいますかね。
座禅なら、余計なこと考えずにすみそうだし。
少しは海外にも知られてるし。
(イチローのポーズもそれに近いと勝手に誤解されてたようだ。)
不立文字、色即是空、なんとなくわからんでもない。
室町の日本文化にも近いし。
海外のガイジンに、宗教なんぞ聞かれたら、
Zen.なんて、答えてやって、
後は適当にすっとぽげてやる所存です。
(無宗教ってというとなぜかゲージンにバカにされるからね。)
いちばん肌身に合うのは、
得手勝手、ご都合主義。
こいつに限りますね。
マジ、こいつに限る。(笑。)
もひとつ。
日本の、シンクロ。
あの、古ぼけた、固定観念、
なんとかなんないの?
あれ、日本人には、わかるけど。
ガイジンにはわかんないよ。
だから、銀じゃあないの?
誤解されやすい忍者や阿波踊りなんか、やめて。
もっとカッコいい、SONY・HONDAのような
最先端っぽいのにならないのかな。
あれじゃあ、
ほんとの日本の良さが、
誤解されたままなんじゃあないのかな。
ぜんぜん、関係ないんですけど。
はっきしいって、無宗教です。
別に、無節操とかでないんですけども。
ぜんぜん、クリスマスとか、初詣、七五三とか、
ごっちゃでいいーんじゃないでしょうか。
それに当然でしょうが。
押し付けがましい、勧誘は一切お断り。
押し付け、他人の迷惑、大嫌い!
時間泥棒なんて、フザけんな、ですよ。
もっと日常に、眼を向けろってんですよ。
そういうもんにすがる、不条理な可哀想な人が一部にいるのも
わかるんですけども。
ちゃんと仕事して、
お金稼げってんですよ。マジで。
個人的に、タブーに挑戦ですが。
仏教いまいち、神道わからん。
キリスト教は肌にあわん。
イスラムは人種すら違う。
ガネーシャ、シバのヒンズーは、
おもしろいとはおもうんですけども。
まあそれ以上つっこむとはおもわれまへんなあ。
あえてあげるなら、
少しは禅が肌にあいますかね。
座禅なら、余計なこと考えずにすみそうだし。
少しは海外にも知られてるし。
(イチローのポーズもそれに近いと勝手に誤解されてたようだ。)
不立文字、色即是空、なんとなくわからんでもない。
室町の日本文化にも近いし。
海外のガイジンに、宗教なんぞ聞かれたら、
Zen.なんて、答えてやって、
後は適当にすっとぽげてやる所存です。
(無宗教ってというとなぜかゲージンにバカにされるからね。)
いちばん肌身に合うのは、
得手勝手、ご都合主義。
こいつに限りますね。
マジ、こいつに限る。(笑。)
もひとつ。
日本の、シンクロ。
あの、古ぼけた、固定観念、
なんとかなんないの?
あれ、日本人には、わかるけど。
ガイジンにはわかんないよ。
だから、銀じゃあないの?
誤解されやすい忍者や阿波踊りなんか、やめて。
もっとカッコいい、SONY・HONDAのような
最先端っぽいのにならないのかな。
あれじゃあ、
ほんとの日本の良さが、
誤解されたままなんじゃあないのかな。
かなり、オカルトじみてますが。
一応、生きる極意について、私的に解釈(?)を。
心の眼でみること。
なんて、かんたんにいわれますけど。
そのこころの眼とは、
生者必衰の眼でありまして。
要は、生きるか死ぬか、
瀬戸際の判断に通じるところ。
極限状況で判断されるにあたって、
まさにこと急を要する、
心の動きに生かされる眼、
といったものなのでありましょう。
しかしどうも、その頂点にいたれるに、
ジャンルはあえて問われぬらしい。
しいていえば、(極論でしょうが)
宮本武蔵の如く、
「見るともなしに見る」といったところでしょうか。
この、見るとは、
眼前に、日本刀で突き尽きられたような、
現出する危機的世界のなかでの
「見る」ということなのでしょう。
(生半可な状況では眼前”は決して見えてこない。)
研ぎ澄まされた感性の一点凝視を余儀なくして、
生死を越え妥協を許さぬような、こころの動き全体を見やる眼。
命を丸ごとわし掴みとるようなものだからこそ、
対象へ即した真の目的に
至れるものなのでありましょう。
かかる状況においては、まあ当たり前ですが、
対象への怒り、己へのプライド、自己弁護など
その場においての無用な、抗弁の一切などなきに等しい。
おのずと目的に迫れるに至っては、
しごく心を一点に集中させ、
対象と心を一体化させ、虚心に赴き、
その流れに逆らわず即して、
一点を渡るともなく全体を見やる。
即ち自他に通じ自在に至れるという。
見る、とは観る、ことなのでしょう。
対象の目的へと至れる道筋には、
無心全体に観る、ことを強要し、
自他ともども世界時間空間を知り尽くす、
といったことなのでしょう。
(・・オカルトやなあ。)
つまり、対象へ至れるに余計な思惑は無用。
まごころでまるごと思いを馳せ、、
また相手に即し事をなして自在に通じ、
ものを問いて言はこころへと至れり、
それ解決に通じ自在に極むという。
なんだか禅の説法みたいになりましたが。
・・煎じ詰めると、心眼とは。
人生に打ち勝つ、
極意、信念といったものなのでしょうね。
一応、生きる極意について、私的に解釈(?)を。
心の眼でみること。
なんて、かんたんにいわれますけど。
そのこころの眼とは、
生者必衰の眼でありまして。
要は、生きるか死ぬか、
瀬戸際の判断に通じるところ。
極限状況で判断されるにあたって、
まさにこと急を要する、
心の動きに生かされる眼、
といったものなのでありましょう。
しかしどうも、その頂点にいたれるに、
ジャンルはあえて問われぬらしい。
しいていえば、(極論でしょうが)
宮本武蔵の如く、
「見るともなしに見る」といったところでしょうか。
この、見るとは、
眼前に、日本刀で突き尽きられたような、
現出する危機的世界のなかでの
「見る」ということなのでしょう。
(生半可な状況では眼前”は決して見えてこない。)
研ぎ澄まされた感性の一点凝視を余儀なくして、
生死を越え妥協を許さぬような、こころの動き全体を見やる眼。
命を丸ごとわし掴みとるようなものだからこそ、
対象へ即した真の目的に
至れるものなのでありましょう。
かかる状況においては、まあ当たり前ですが、
対象への怒り、己へのプライド、自己弁護など
その場においての無用な、抗弁の一切などなきに等しい。
おのずと目的に迫れるに至っては、
しごく心を一点に集中させ、
対象と心を一体化させ、虚心に赴き、
その流れに逆らわず即して、
一点を渡るともなく全体を見やる。
即ち自他に通じ自在に至れるという。
見る、とは観る、ことなのでしょう。
対象の目的へと至れる道筋には、
無心全体に観る、ことを強要し、
自他ともども世界時間空間を知り尽くす、
といったことなのでしょう。
(・・オカルトやなあ。)
つまり、対象へ至れるに余計な思惑は無用。
まごころでまるごと思いを馳せ、、
また相手に即し事をなして自在に通じ、
ものを問いて言はこころへと至れり、
それ解決に通じ自在に極むという。
なんだか禅の説法みたいになりましたが。
・・煎じ詰めると、心眼とは。
人生に打ち勝つ、
極意、信念といったものなのでしょうね。
他人は自分の反面、鏡である。
2004年8月20日 エッセイ相手を怒ろうとか
避けようとか思うとき
問題は たいてい相手のなかにあるのでなく
自分自身のうちにあるのだと思います。
自分自身の反面を見て
思う姿になれない自分に向かって
腹を立ててるといってよい。
解決は、己の暴走する感情を
ただ発散・昇華するばかりでなく、
他人のまなざしのところを全身に受け止め
その意味するところを全力で考え
他人に許容されるべき
もうひとりの新たなあるべき自分に
近づく努力がなされるべきでしょう。
(まなざしとは、分析者ラカンの発想です。)
それには 本当の勇気と
忍耐、周りへの注意深い理解力が
必要とされるようですが。
例えば、孫子の注釈にもあるようです。
己を知り相手を知れば
百戦百勝、危うからず。
己を知り相手を知らず
己を知らず相手を知らば
一勝一敗。
己の力量を知らず相手も知らねば
戦いのたびに、必ず敗れ去ることだろう、と。
避けようとか思うとき
問題は たいてい相手のなかにあるのでなく
自分自身のうちにあるのだと思います。
自分自身の反面を見て
思う姿になれない自分に向かって
腹を立ててるといってよい。
解決は、己の暴走する感情を
ただ発散・昇華するばかりでなく、
他人のまなざしのところを全身に受け止め
その意味するところを全力で考え
他人に許容されるべき
もうひとりの新たなあるべき自分に
近づく努力がなされるべきでしょう。
(まなざしとは、分析者ラカンの発想です。)
それには 本当の勇気と
忍耐、周りへの注意深い理解力が
必要とされるようですが。
例えば、孫子の注釈にもあるようです。
己を知り相手を知れば
百戦百勝、危うからず。
己を知り相手を知らず
己を知らず相手を知らば
一勝一敗。
己の力量を知らず相手も知らねば
戦いのたびに、必ず敗れ去ることだろう、と。
うちの親、サギにあう。
2004年7月26日巧妙な手段で。
うちの親が、携帯電話にのせられて、
サギにあうところだった。
ニセ息子に化かされて。
その金額、数十万円なり。
親の、子を思う気持ちを、逆用。
でも、もう少し、
しっかりしてくれないかなあ!
皆さんも、人事ならず。
気をつけて、くださいね。
うちの親が、携帯電話にのせられて、
サギにあうところだった。
ニセ息子に化かされて。
その金額、数十万円なり。
親の、子を思う気持ちを、逆用。
でも、もう少し、
しっかりしてくれないかなあ!
皆さんも、人事ならず。
気をつけて、くださいね。
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笑えません。
携帯のメールに入る、熱い返事。
5年もほってかされて、今頃になって。
しがらみで、とりあえずかわして、
後輩でも紹介しとこうと、
ゆっくり、メールを打ってると・・
突然、別の、さるお方から、電話。
とりあえず、そちらと銀座に出ることになりましたが、、
これって、なんかマズイのでは?
不純異性交遊?
メールと電話で、同時に二人を相手してる。
フタマタ!?!
笑えません。バレタラ殺される。
どうしましょうねえ。
て、それどころでない!
しかし、はじめのほうは、
わるい女だな。くそ。(泣
携帯のメールに入る、熱い返事。
5年もほってかされて、今頃になって。
しがらみで、とりあえずかわして、
後輩でも紹介しとこうと、
ゆっくり、メールを打ってると・・
突然、別の、さるお方から、電話。
とりあえず、そちらと銀座に出ることになりましたが、、
これって、なんかマズイのでは?
不純異性交遊?
メールと電話で、同時に二人を相手してる。
フタマタ!?!
笑えません。バレタラ殺される。
どうしましょうねえ。
て、それどころでない!
しかし、はじめのほうは、
わるい女だな。くそ。(泣
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マズイことになりました。
・・別にフタマタかけてるわけではないのだが・・
前から知っている、美大のmちゃん。
そして、最近よく話に付き合ってもらう、
同業のmさん。(先生。・・)
・・おふたりは、ともにその存在を知りません。
しかも、名前がほとんど同じ。
これを知ったかと思うと、・・・
恐ろしくて夜も寝られません。
これは、ひょっとして・・、
(決してフタマタでは、ないと信じてるのですが。)
神様は罰を下さったのでしょうか?
どうなることやら。アシカラズ。
・・・泣。馬鹿)
・・別にフタマタかけてるわけではないのだが・・
前から知っている、美大のmちゃん。
そして、最近よく話に付き合ってもらう、
同業のmさん。(先生。・・)
・・おふたりは、ともにその存在を知りません。
しかも、名前がほとんど同じ。
これを知ったかと思うと、・・・
恐ろしくて夜も寝られません。
これは、ひょっとして・・、
(決してフタマタでは、ないと信じてるのですが。)
神様は罰を下さったのでしょうか?
どうなることやら。アシカラズ。
・・・泣。馬鹿)
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So-Called Chaos
2004年7月13日 音楽
Alanis Morissette CD Maverick 2004/05/18 ¥2,171Eight Easy Steps
Out Is Through
Excuses
Doth I Protest Too Much
Knees Of My Bees
Not All Me
So-Called Chaos
This Grudge
Spineless
Everything
『アンダー・ラグ・スウェプト』以来、約2年ぶりとなる通算4枚目のアルバム(『Alanis Unplugged』を除く)。90年代に女性ヴォーカリスト・ブームを巻き起こした表現力豊かな歌声は健在だ。映画『シティ・オブ・エンジェル』に提供した「アンインヴァイテッド」などで彼女のトレードマークとなったエキゾチックなメロディも、「エイト・イ…
まあ、とりあえず。
聞いてみましたが。
ふーん。
何かとギタリストの方々は
例えば、インドのシタールの
趣を呈することもありましたが。
どこかで、インドのダメ外人のような、
洗礼を受けることも、あるんですね。
彼女も例外では、なかった。
大体ね曲の端々に、
サイケデリックなトランスの響きの極彩色を
感じさせる部分があるんですよ、
まあ似たりよったりの、ね。
なるほど、西洋人は、
何かと鬱積した日常に導き出せないものを、
華やかな、明るさの中に、
ゴア・パーティーのような、
歪んだ形式のなかで、うさを晴らすもんだなと、
いう気がしないまでもないんですけどね。
同じロマンティシズムなら、
例えば「黒いデカメロン」のような、
南米の、ハイパー・ロマンティシズムのような、
豊穣なエロティシズム(勿論、正しいおおらかな意味でのね。)
という路線もあったんだろうけども。
(これはギタリスト村冶佳織がよく表現している。)
または、ケルト音楽や、
北方のロマンに根ざした、
ビョークのような表現方法を貫いても良かった。
(ぜんぜん違うけれどもね。)
なにせ、人さまざまなんですけど。
個人的にすきなのは、
「Excuses」
「Spineless」
「Everything」
かなァ。
でも、ほんとに、
Alanisも、音が若いね。
・・いや、まあ、ほんと若いですな、
などといいたい。
(なんだか よくわかりません?笑。)
Out Is Through
Excuses
Doth I Protest Too Much
Knees Of My Bees
Not All Me
So-Called Chaos
This Grudge
Spineless
Everything
『アンダー・ラグ・スウェプト』以来、約2年ぶりとなる通算4枚目のアルバム(『Alanis Unplugged』を除く)。90年代に女性ヴォーカリスト・ブームを巻き起こした表現力豊かな歌声は健在だ。映画『シティ・オブ・エンジェル』に提供した「アンインヴァイテッド」などで彼女のトレードマークとなったエキゾチックなメロディも、「エイト・イ…
まあ、とりあえず。
聞いてみましたが。
ふーん。
何かとギタリストの方々は
例えば、インドのシタールの
趣を呈することもありましたが。
どこかで、インドのダメ外人のような、
洗礼を受けることも、あるんですね。
彼女も例外では、なかった。
大体ね曲の端々に、
サイケデリックなトランスの響きの極彩色を
感じさせる部分があるんですよ、
まあ似たりよったりの、ね。
なるほど、西洋人は、
何かと鬱積した日常に導き出せないものを、
華やかな、明るさの中に、
ゴア・パーティーのような、
歪んだ形式のなかで、うさを晴らすもんだなと、
いう気がしないまでもないんですけどね。
同じロマンティシズムなら、
例えば「黒いデカメロン」のような、
南米の、ハイパー・ロマンティシズムのような、
豊穣なエロティシズム(勿論、正しいおおらかな意味でのね。)
という路線もあったんだろうけども。
(これはギタリスト村冶佳織がよく表現している。)
または、ケルト音楽や、
北方のロマンに根ざした、
ビョークのような表現方法を貫いても良かった。
(ぜんぜん違うけれどもね。)
なにせ、人さまざまなんですけど。
個人的にすきなのは、
「Excuses」
「Spineless」
「Everything」
かなァ。
でも、ほんとに、
Alanisも、音が若いね。
・・いや、まあ、ほんと若いですな、
などといいたい。
(なんだか よくわかりません?笑。)
ISBN:4002041271 単行本 井伏 鱒二 岩波書店 2000/11 ¥9,870 ドリトル先生は動物語が話せる。魚語も話せる。特別な能力には違いないが、かといって奇想天外かというとそうではない。先生はちゃんと動物たちから「学習」したのだから。最初は同居人(?)のオウムのポリネシアに手助けしてもらい、一語、また一語。誰にも横柄な態度はとらず、誰とも仲良しになり。かくして人間のお医者さまだった医学…。
傑作は、やっぱり、航海記かなあ?・・
でも、物語のそれぞれが、
心温まる創作なんだけど。ピピネラとかもね。
(ピピネラが「共犯者」に出てくるのは許せない。
殺人推理小説なんかと一緒にしないで欲しいんだけど。)
考えてみれば。
小さいころ、この本を読んで、
将来の夢を思ったのでした。
ちょっと一風変わっているけど、
ほかのみんなの知らないところで、
尊敬もされてて、楽しく朗らかな、
動物の仲間たちを連れて、不思議な冒険にでかける、
やさしいお医者さん。
(それまでは、パイロットなんかが
かっこいいと思ったんだけど。)
本気で動物とお話しようと
動物園に行ってみたことも、ありました。
クジャクが羽を延ばして、ジャマするなと、
本気で怒ってかかってきましたのでした。
動物って凶暴なんだな、と。
改めて現実との違いを知ったのでしたが。
「秘密の湖」って、ちょっと異色作品ですね。
童話作品の主人公が、
めずらしく元気なく、いろいろ考えてふさぎ込んでいる。
世界大戦が陰を下ろし、大戦を予感させる、重苦しい雰囲気に、
また暗い時代の渦のさなか、童話作中の先生が、
作者とともに時代精神に押しつぶされて、
生きる希望に困難を抱えていたのです。
童話の世界で、子供たちに夢と希望を与える役割を考えると
大人たちの、醜い争いや、
現実社会の矛盾を反映させ、問題提唱させたのは
少々政治的で、重苦しいきらいもありますが。
それでも、テーマがリアルでシビアな分、
聖書に引用される、美しい創世の物語は、
人間本来の清く美しい生き方に触れて、
心に迫り響くものがある。
特に、Sinpleな挿絵に描かれる、
古の古都が湖から再び姿を現す場面は、
ドビュッシーの「沈める寺」なんかを彷彿とさせます。
結局、なんだかんだいって、
過去、原始や神話、おとぎ話の世界の復帰のもくろみは、
ノスタルジックな過去の世界を想起させることで
人間のルーツ、普遍的な心への回帰といった、
心の浄化作用に至るように思います。
そこで現実生活の反省を踏まえ、一歩前を見出す。
トールキンなんかも、そういった世界に近いと思えます。
こどものころのあこがれは
もう半分以上も色あせちゃって、
今は別の夢にとって代わられることもありますけど。
・・もう一度はじめの初心を振り返って、
当直の仕事のあいまに、
ちょっと昔を振り返って
書いてみたのでした。
傑作は、やっぱり、航海記かなあ?・・
でも、物語のそれぞれが、
心温まる創作なんだけど。ピピネラとかもね。
(ピピネラが「共犯者」に出てくるのは許せない。
殺人推理小説なんかと一緒にしないで欲しいんだけど。)
考えてみれば。
小さいころ、この本を読んで、
将来の夢を思ったのでした。
ちょっと一風変わっているけど、
ほかのみんなの知らないところで、
尊敬もされてて、楽しく朗らかな、
動物の仲間たちを連れて、不思議な冒険にでかける、
やさしいお医者さん。
(それまでは、パイロットなんかが
かっこいいと思ったんだけど。)
本気で動物とお話しようと
動物園に行ってみたことも、ありました。
クジャクが羽を延ばして、ジャマするなと、
本気で怒ってかかってきましたのでした。
動物って凶暴なんだな、と。
改めて現実との違いを知ったのでしたが。
「秘密の湖」って、ちょっと異色作品ですね。
童話作品の主人公が、
めずらしく元気なく、いろいろ考えてふさぎ込んでいる。
世界大戦が陰を下ろし、大戦を予感させる、重苦しい雰囲気に、
また暗い時代の渦のさなか、童話作中の先生が、
作者とともに時代精神に押しつぶされて、
生きる希望に困難を抱えていたのです。
童話の世界で、子供たちに夢と希望を与える役割を考えると
大人たちの、醜い争いや、
現実社会の矛盾を反映させ、問題提唱させたのは
少々政治的で、重苦しいきらいもありますが。
それでも、テーマがリアルでシビアな分、
聖書に引用される、美しい創世の物語は、
人間本来の清く美しい生き方に触れて、
心に迫り響くものがある。
特に、Sinpleな挿絵に描かれる、
古の古都が湖から再び姿を現す場面は、
ドビュッシーの「沈める寺」なんかを彷彿とさせます。
結局、なんだかんだいって、
過去、原始や神話、おとぎ話の世界の復帰のもくろみは、
ノスタルジックな過去の世界を想起させることで
人間のルーツ、普遍的な心への回帰といった、
心の浄化作用に至るように思います。
そこで現実生活の反省を踏まえ、一歩前を見出す。
トールキンなんかも、そういった世界に近いと思えます。
こどものころのあこがれは
もう半分以上も色あせちゃって、
今は別の夢にとって代わられることもありますけど。
・・もう一度はじめの初心を振り返って、
当直の仕事のあいまに、
ちょっと昔を振り返って
書いてみたのでした。