2ちゃんねるのある意見をみてて思ったけど。
職業の問題について。
基本的に、自由であるのだから。
何してもよいと思うんですが。
根本には、
考える作業をまじめに続けている限り、
誤解や不理解が生じるのは仕方ないと思われます。
まじめに考えているからこそ、
いろんな問題もみえてくるのだと思われます。
真の考える作業において
その種の孤独は思考のこやしと考えます。
試験問題を本番で解くとき、誰にも答えは聞けないでしょう?
それと同じことだろうと思います。
そういう誤解や偏見を恐れて
一向に前に進まないで妥協し続けるならば
そんな偽りのぬるい環境は捨ててしまってよいと思います。
真剣なdebateがかわされて、
問題点が解決できるのなら、
家庭、環境、職業の違いなどは
まさに取るに足らないこと。
保身やみかけの条件に惑わされて
真の生きる意味を見失ってしまえば、
人間、やめてしまったほうが良い。
僕は、そういう風に考えます。
いろいろな人種がいて
いろいろな活躍領域があって
それ相応が必要にて続いているのですから。
自信を持って、まさに事にあたれば良いんでないでしょうか。
各個人の経験はめいめいバラバラであるんですから
一期一会、そのときに全力であたればそれでよい。
余計な思考など、必要ない。
無我で全力であたれば良い。
後からの評価など、どうでもいい。
わかってくれている人は、ちゃんとみてます。
みたらわかってくれてる、と思いますね。
僕は量子力学の専門家でもないし、
ましてプロの芸術家でもないし、
ヘタな小説家でもない。
日常は、しがない人間関係で接しているだけ。
ただ人と接しながら、
その人の思いに馳せているだけ。
ただそのことに、一生懸命を貫き通す。
その仕事が、少しも他より優れているとも思えない。
その仕事が、まして理解されていようなどとも、思えない。
でも、僕は、この仕事を選んだ。
それは、他の誰が同じ仕事だっただろうと、関係ありません。
そういう打算を捨てて、そこから立ち上がった。
僕は、いろんな人の、いろいろな仕事の、
あこがれや努力を、むしろうらやむことがあった。
その人たちの考えたことに比べれば、
僕の考えや能力はいかに足りないものか。不安もあった。
ただ、その場に接することで、
もしや、自分を変える、目覚めることができるかもしれないと
思った。
だから、様々な業種の人とのふれあいは大切でした。
ただし、いかに処しようとも、
生きるというこどはすなわち根本的に孤独であり、
孤独に耐えて思考を廻らすのがすなわち生き抜く、
ということを知りました。
だから職種の違い、その利点不利点などはまさにおかまいなく、
異なるみんなもめいめい真剣に考えているということで
ああみんな同じにんげんなんだなと、思えたのでした。
何をいわんか、中途バラバラになったけど。
くだらんウワサ、誹謗中傷はうっちゃって、
みんな各人異なるすばらしい知恵を持ち合って、
楽しくみんなで生きれたらいいな、と思う今日この頃です。
職業の問題について。
基本的に、自由であるのだから。
何してもよいと思うんですが。
根本には、
考える作業をまじめに続けている限り、
誤解や不理解が生じるのは仕方ないと思われます。
まじめに考えているからこそ、
いろんな問題もみえてくるのだと思われます。
真の考える作業において
その種の孤独は思考のこやしと考えます。
試験問題を本番で解くとき、誰にも答えは聞けないでしょう?
それと同じことだろうと思います。
そういう誤解や偏見を恐れて
一向に前に進まないで妥協し続けるならば
そんな偽りのぬるい環境は捨ててしまってよいと思います。
真剣なdebateがかわされて、
問題点が解決できるのなら、
家庭、環境、職業の違いなどは
まさに取るに足らないこと。
保身やみかけの条件に惑わされて
真の生きる意味を見失ってしまえば、
人間、やめてしまったほうが良い。
僕は、そういう風に考えます。
いろいろな人種がいて
いろいろな活躍領域があって
それ相応が必要にて続いているのですから。
自信を持って、まさに事にあたれば良いんでないでしょうか。
各個人の経験はめいめいバラバラであるんですから
一期一会、そのときに全力であたればそれでよい。
余計な思考など、必要ない。
無我で全力であたれば良い。
後からの評価など、どうでもいい。
わかってくれている人は、ちゃんとみてます。
みたらわかってくれてる、と思いますね。
僕は量子力学の専門家でもないし、
ましてプロの芸術家でもないし、
ヘタな小説家でもない。
日常は、しがない人間関係で接しているだけ。
ただ人と接しながら、
その人の思いに馳せているだけ。
ただそのことに、一生懸命を貫き通す。
その仕事が、少しも他より優れているとも思えない。
その仕事が、まして理解されていようなどとも、思えない。
でも、僕は、この仕事を選んだ。
それは、他の誰が同じ仕事だっただろうと、関係ありません。
そういう打算を捨てて、そこから立ち上がった。
僕は、いろんな人の、いろいろな仕事の、
あこがれや努力を、むしろうらやむことがあった。
その人たちの考えたことに比べれば、
僕の考えや能力はいかに足りないものか。不安もあった。
ただ、その場に接することで、
もしや、自分を変える、目覚めることができるかもしれないと
思った。
だから、様々な業種の人とのふれあいは大切でした。
ただし、いかに処しようとも、
生きるというこどはすなわち根本的に孤独であり、
孤独に耐えて思考を廻らすのがすなわち生き抜く、
ということを知りました。
だから職種の違い、その利点不利点などはまさにおかまいなく、
異なるみんなもめいめい真剣に考えているということで
ああみんな同じにんげんなんだなと、思えたのでした。
何をいわんか、中途バラバラになったけど。
くだらんウワサ、誹謗中傷はうっちゃって、
みんな各人異なるすばらしい知恵を持ち合って、
楽しくみんなで生きれたらいいな、と思う今日この頃です。
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